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「ヤマゴンブログ17-04」 再会、「ゴールデンウミネコ」!

2017年9月28日木曜日 by 管理者
9月24日のデータ  体重110.5kg  腹囲102.0cm

 前回の続きです。7月下旬、宮城県の秋保温泉で同級生の教授就任祝賀会に出席し、翌日、その足で女川に行きました。
 まずは女川の地域医療センター(旧;町立病院)を見よう、でも院長のS先生(同級生)はまだ祝賀会の後片付けで秋保に残ってる、まあ、病院の周辺がどんなふうになってるか、とりあえず見てみよう、という感じで立ち寄ったところ、駐車場でバッタリ…、誰?あっ!!「ゴールデンウミネコ」さんじゃあないですか!!まさに劇的な再会でした。

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写真① 写真② 写真③(2012年)

 「ゴールデンウミネコ」さんの正体は、過去のブログ(2013-08)(2014-06)でも紹介した「おちゃっこクラブ」という地域の寄り合いの場(写真①)を開いている、岡さんという方です。過去に(2013-09)紹介しましたが、画像では初登場ですね(写真②)。岡さんはちょうどこれから石巻に出かけるところだったそうで、まあ本当にグッドタイミングでした。
 そもそも「ゴールデンウミネコ」とは、女川のご当地ヒーロー「イーガー」のDVDに出てくるキャラクターの名前ですが、これは岡さん本人が扮しています。ほとんど地のままの役というか…、神様のようでもあり、宇宙人のようでもある?不思議なキャラクターです。
 岡さんは、震災が起こるまで「ダイヤモンドヘッド」(このネーミングも、まさにベンチャーズを連想させるというか…)という名前の飲み屋を開いていました。写真が残っていなくて残念ですが、レトロ風の、和洋折衷のような店内を記憶しています。このお店は津波で流されてしまいました。
 ブログ(2013-08)に平成23年1月の女川の写真を載せていますが、ちょうど、その写真を撮影した日の前の晩、ダイヤモンドヘッドへS先生と一緒に行き、そこで、「次の5月に熊谷でセブンズ(7人制ラグビー)の大会があるから、一緒に出ましょうよ」と約束をして…、そして震災が起こった!
 その時の約束は、一年後にようやく果たされました。せっかくですので、岡さんの勇姿(写真③)を紹介しましょう。長い髪をなびかせ(?)疾走する選手が岡さんで、後ろを追いかけているのはS先生です。
 震災が起こる前、女川町には小高い山の上に町立の総合運動公園があり、そこにラグビーのできるグラウンドもありました(写真④;2008年撮影)。震災後、グラウンドのところに仮設住宅が造られ、駐車場が整備されました(写真⑤;2013年撮影)。今回訪れると、さらに整備が進んで鉄筋の集合住宅になっていました(写真⑥)。なお、写真⑤と⑥のそれぞれ左端にあるカマボコ型の建物は体育館で、写真④のアングルからだと、ちょうど90度左を向いた方向に位置します。

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写真④(2008年) 写真⑤(2013年) 写真⑥

 女川町の街並みは、震災の2年後、瓦礫が片付けられ更地になった時の写真(⑦)とは全く様子が変わり、立派な駅舎(写真⑧)が造られ、駅前広場もきれいに整備されました(写真⑨)。駅のホームは、写真(⑩)ではわかりにくいですが、終点なので、線路がここまででストップしています。
 一番大きく変わったのが、線路のコース取りです。レールや枕木が津波で流された多くの箇所で、コースが変更されていました。女川駅で言えば、駅の場所は同じなのですが、以前は海沿いに線路が走り、町に入って山側に向かってカーブし終点、だったのが、今は逆に、線路が山側から海に向かってカーブして終点、となっています。

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写真⑦(2013年) 写真⑧
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写真⑨ 写真⑩

 話は前後しますが、女川に赴く途中、JR仙石線の陸前富山(りくぜんとみやま)駅と野蒜(のびる)駅に立ち寄りました。
 陸前富山駅は、松島から北へ少し行ったところの小さな駅です。2013年にはまだ線路が流されたままになっていて(写真⑪)、駅舎は閉鎖され、踏切のところに鉄板が敷かれていました。しかし、今回訪れてみたところ、ちょうど列車が到着し、乗客が大勢降りてきたところを写真に収めることができました(写真⑫⑬)。

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写真⑪(2013年) 写真⑫ 写真⑬

 野蒜駅は、陸前富山からさらに北へ行ったところで、震災の時には、列車が立ち往生して、乗客の安否が翌朝までわからずニュースにも取り上げられた駅です。2013年にはこの駅も線路が流されたままで、わずかにここが駅だったのか、という痕跡程度の建物や架線の残骸が残るだけでした(写真⑭⑮)が、今回訪れてみると、女川とは違い、以前の駅の場所ではなく、かなり山の方に入ったところに、これまた立派な駅が造られ(写真⑯~⑱)、そればかりか、新しい街が造られつつあるところでした。

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写真⑭(2013年) 写真⑮(2013年)
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写真⑯ 写真⑰ 写真⑱

 それぞれ形は違えども、着実に復興の道を歩んでいることが感じられました。一方で、野蒜の海岸周辺は、震災そして津波のために、松林や周辺の建物が何もなくなってしまって(写真⑲)、今回訪れた時もそう変わっておらず、むしろ雑草が生い茂っただけの変化を感じました。建物や道路を造るのと違い、自然環境を取り戻すことはなかなか困難です。野蒜はまさにそういう状況と思われます。なので、今回は写真を撮影せず、あえて昔の写真(⑳)を最後に載せました。野蒜海岸での地引き網の風景です。この風景をいつか取り戻したい、と、きっと皆さんが思っていることでしょう。

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写真⑲(2013年) 写真⑳(2007年)

 今回、「ゴールデンウミネコ」さんと再開できたことは本当にラッキーで、もし数分違っていれば会えなかったはずです。きっと神様のお引き合わせでしょう。お出かけ前の忙しい中であるにもかかわらず、一緒に写真に写ってくれた岡さん、シャッターを押してくださった奥様に、心から感謝申し上げます。今回は早々に失礼いたしましたが、次回訪れた時は、ゆっくりコーヒーをいただきたいと思います。

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